混乱のまま一日が終わり、BerryzのDVDマガジンを見終わった。
Berryzの言葉は、特にちなこの言葉は、今の僕から信じられないくらい希望に満ちて
いて、聞いているだけでなんだか泣きそうになってしまう。僕はもう、希望が何なの
かと言うことさえ分からなくなっていて、朽ちていく自分の未来しか想像できないで
いる。色々な事が思い出せなくなって、Berryzの幸せだけが雲のように漂っている。
□
僕はそれに手を伸ばし触れてみようと思うのだけど、その場所へはどうしても届かな
い。部屋での距離感。ライブで出会うBerryzとの距離感。ライブが終わり、落ち着き、
そして映像を通して見るBerryz。
僕はBerryzに恋をしているのだと思う。
それは一瞬横顔を盗み見てその瞬間を反復させ、増幅させていくような中学生の頃の
ような恋でしか無いのだけど、僕は今でもその場所に何かを置き忘れてきてしまった
ような気がする。
それは音楽によってしか回復されることのないものなのかも知れない。
いや、そもそも回復という概念自体が妄想で、僕は逆に傷を深めているだけなのかも
知れない。自分で。
□
握手をしたり、間近で見たり、そういうことをする度に奇妙な感覚に襲われる。
僕が今まで想像していたBerryzとは一体なんだったのだろうか。それでも愛おしく
なってしまうこの気持ちは、それこそ本当に僕にとって憂慮すべき事ではないのか。
□
いつからか、こうした愚にもつかない日記を終わらせることが出来なくなった。
終わりは常に布団の中にあり、僕はそこにいるしみハムに抱きついて、泣きながら
眠った。そうでなければ、限界の眠気が来るまで待った。
今思い出せる唯一の事は、名古屋の駐車場だ。
僕はみんなと別れて、駐車場にある友人の車の後ろで、地べたに寝転がって眠った。
道には誰もいなくて、閉じた瞼を日が差す。鼻歌を歌っても、誰も聴く人はいない。
思いついた鼻歌をBerryzに捧げる。友人との楽しい記憶もそれに混ざり出す。
例えば、と思う。
小さな可能性のことを思う。
Berryzの幸せな関係と、僕らの関係のことを思う。
ちなこの、こちらの身を切るような無垢さを思う。桃子の傷を思う。
しみハムと雅ちゃんの傷を思う。色々な人の傷を感じる。
こうして道端に眠った僕を起こしてくれた恋人の声を感じる。
色んなものが、曖昧模糊なかたまりとなって僕を優しく叩く。
友理ちゃんの寝顔や、ちなこの寝顔が頭に浮かぶ。
□
夢の中でみんなと言葉を交わす時、泣きそうになって浅く目を覚ます。
でも、交わした言葉はもう二度と思い出せない。それはとても大事なものだったのに。
でも、それでも、僕は幸せに包まれている。
向かいの公園では、ジョージ・クリントンが愛娘のオカールとブランコに乗っている。
投稿者 utaka : June 7, 2005 04:08 AM | トラックバックオカールの髪の毛が7色に!?
Posted by: ありま : June 7, 2005 05:31 AM娘説、ジミーさんと学会に発表しようかと思ってるんですよ(泣)
Posted by: うたか : June 7, 2005 03:19 PMまずは「P」で待ってる総帥とオカールに会いにいきましょう(笑)
Posted by: ジミー : June 8, 2005 07:43 AM前に、ジョージクリントンと、ビルクリントンの娘の
2ショット(合成ではない)が表紙の洋雑誌
見かけたんだけど買っとくべきだったなあ。
画像だけでもぐぐってみるか